人のエゴ
エゴイズムってどういう意味かをまず述べると、
簡単に解釈すれば自分中心の考え・自己の利害を判断の基準とした観念を意味している。
つまり、他人の道徳や世界の規範に反したことであっても、エゴイズム(利己主義)的には「正しい行い」である場合や「すべき行動」である場合も存在するということになる。
ちなみにここで述べるエゴイズム(利己主義)は、哲学で表すところの心理的利己主義である。
分かりやすい(かもしれない)例を挙げよう。
ある恋人のいない男性が、性欲を満たしたいためだけに、ある女性を探すとき。
そもそも愛があってこその行為だという規範がまずあると思うが、
これ自体は法律や憲法でも規制はされていない。
つまり当人同士の道徳心という形で捉えれば、他人への害がない限り、行為自体の道徳性は本人たちの考えに委ねられるものである。
ただし、相手側がどのような女性であったかで状況は変わってくる。
例えば人妻であった場合。
これには法的な制限が発生するため、本質的には「悪」である。
次に、恋人持ちであった場合。
こちらには法的な制限は発生しないものの、恋人である男性に対して不利益を与える可能性がある。
そのため、本質的にはこちらも「悪」である。
さて、では女性が単身であった場合はどうだろう。
双方の間には、誰かに不利益を与える状況が存在していない。
さらに、彼らには快楽を求める部分で利害が一致するため、この場合のエゴイズムは道徳の影響もなく「正」となるのではないか。
しかしながら、その場だけの利己主義には限界があると考える。
この行為で、後々恋人となる相手に影響を与えてしまう可能性は否定出来ないし、
そもそも自分の体が「自分のものである」と証明できていなければ、
家族や親友、その他社会が受ける影響もゼロとは言えない。
エゴイズムとはその場限りの行為ではなく、
自分の幸福を最大限に得られる利益を常に優先して考えるべきである。
中途半端なエゴは、必ず誰かを傷つけ悲しませることを覚えておかなければならない。
ちなみに恋人持ちや夫・妻持ちである人間が、自分の利害のためだけに相手に対して「単身である」ことを
主張した場合のエゴイズムは、その主張した側にしか認められない。
結局嘘で固められた利己主義は、自分も然り周りを不幸にしていくことを心に留めておくことだ。




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