誰しもが抱える不安と後悔と希望
これまで生きてきた中で後悔や不安、希望や喜びを感じなかった人はそういないと思う。
人生何もない、つまらない平穏な日々ばかりと思うは若い頃だけだなと結構感じる。
中学・高校の頃なんて特に勉強しては居眠りして部活やっては汗を流しの繰り返し。
たまに休みの土日も暇つぶしのゲームやたっぷりな睡眠時間として消化されていき、それはそれはいつもが何も変わらない毎日だったなと今も思う。
でもそんな平々凡々な毎日であってもしっかりと思い出は作られていて、
数こそ好くないももの記憶の中で確実にその日々は自分が生きた軌跡を示してくれている。
ひとつの人生の線があるとすれば、ひとつひとつの思い出は点だ。その点が連なってできる自分の人生。だから途中がどうであれ、いまを生きる自分たちは確かに過去を作ってきたと証明できる。
たとえそれが自分だけの方程式であっても。
そんな中で人生は大抵浮き沈みがあって、点はバラバラに散る。
人は誰しもその点に左右されながら人生を作って行く。
結局のところ、過去を振り返れば平坦だったなと思えない時期のほうが目立つわけだ。
個人的には中学校の人生って全然浮き沈みがなくて、下がっては上がらない一方だったりとか、高校は高校でギザギザにもならないなんとも中途半端な時期だったりとか……。
大学なんて特に…
なんかこう、そういう人生グラフを書いてみると意外と後悔や不安よいも、何も考えず何もやってないことのほうが多い。(何もやってないことを今後悔してるわけだけど)
これじゃいかんよなーと思いながら最近では自分のためになることを常にやっていこうと思ってる。
でも、やっぱり過去のことって変えれなければ、
意図的に忘れることもできない。
辛いことや苦しいことなんて特に。
それでも進んでいかなければいけない人生とはやっぱり罪の償いじゃないのかと思う。
人として生まれ自身の親の苦労を助長させ、
果ては成人してもなお誰一人として幸せにできないのであれば、それこそ自明なことなんじゃないかと。
ずーっと残って行くんだよねこういう負の遺産って。
どんなにいい事しようが消えない過去。
どんなに金かけても変えれない過去。
そういうもの背負って誰も彼も生きてる。
そんな世界だからこそ、ちょっとした気遣いや優しさが心にしみるのかもしれない。
あんま寝てないからよくわからん内容になってもーた…厨二病全開w
つまりは、自分がやったことの罪はいつまでも消えない。あとはそれを悔やむか、罪滅ぼしするか、割り切るか、共有するかってことかなぁ…。
誰も理解者がいない&一人きりの問題なら、
死なない程度に罪を償えというお話。










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